推定54mg

それでも今日も生きている

コール

なーんで生きてんの?なーんで生きてんの??死にきれないから生きてんの!ただそれだけ。

死にたい気持ちはいつでもあってそれがないことのほうがむしろ珍しい、死にたいっていう気持ちが湧いてこない日は俺の頭がどうかしちゃったんじゃないのかなって不安になって俺が死ぬべき理由を探す、俺は社会のゴミだし会社にいてもなんの意味もないし意義もないから早く俺が死んだほうがいいってことは全人類周知の事実なんですよねって思って全人類に認知されるほど大それた人間じゃないから早く死んだほうがいいよって思う。俺は俺のともだちのこと、俺に騙されちゃってるかわいそうな人間だなっておもう。俺はゴミオブゴミのクソクソのどうしようもない人間なのにそれに気づかないで俺なんかのともだちをやっちゃってる人間のことかわいそうだとおもうのに俺はともだちを手放せなくてともだちに「俺はクソな人間なんです」って言うことができない、あるいはもう気づいててボランティアで付き合ってくれているのかもしれない、それならいい、そのほうがいい、それならいっそ救われる。善行を積めば天国に行けるという。俺なんかのともだちをやってくださってるともだちさんは絶対に天国に行けるでしょう。そうじゃなきゃおかしい。

人間は所詮ひとりみたいなことを言いながらともだちを欲する俺は愚か。一人で生きていたいのに社会に属する俺は馬鹿。楽しいことも嬉しいことも全部何もかも甘えにすぎないのにそれを摂取したがるのは許されざる罪で俺にはもっと罰が必要。出勤するたびに手首を切るぐらいの気概が必要。もっともっとすごい罰が必要。俺は早く死んだほうがいいのに死ねないからダメ。なんで生きてんの?死にきれないから生きてんの。

俺は生きてていいのかな?生きることには許可が必要?俺に死ねっていう人と生きろって言う人の差異は何?俺は生きてて許される?俺を誰が必要としてんの?俺なんかいなくてもいいし生きるのはコストがかかるし生きるために働いてて死にたいのに働いてて無人島に行ったほうが楽なんじゃねーのって思うしわかってるけど無人島で生きてくすべを知らない。満員電車で心を殺すすべは知ってるくせに。祖母が死んでて俺が生きてる世界はまちがってる、俺はどうせ誰にも愛されないので愛されている祖母が生きるべきだった、俺を愛している人はかわいそうにバグを抱えている。その重大なバグを取り除いてあげましょう。

会社では毎朝社訓を叫ぶ必要もない。交通費が支払われる。給料も支払われる。驚くべきことに!週に5日の出勤です、というのがおおむね守られているし、土曜日に出勤したら平日のどこかで休める。すごい。すごいぞ!一日中怒鳴っている上司もいない。理不尽に喚き散らす客もいない。「死ね」といきなり言われることもない。すごい。すごいのでここで俺は甘やかされている。もっとつらくて痛くて苦しいものが必要だ。出社するたびに手首を切らないといけないような状況が必要。俺にはそういうのが似合ってんだよね。わかってるよ。ホワイト企業は俺には似合わない。

おっさんのちんぽしゃぶりながらオナホにされるのがお似合いなの。わかる?そういうこと。俺は俺にもっと似合いの地獄があるとおもう。天国なんて許されない。俺は早く俺がもっとひどい目に遭うことを望んでる。だって神様がそう言うんだ。